-「重大災害法の初起訴事件」判決言渡:D産業代表理事に執行猶予
- 違憲法律審判の提請申立棄却決定
2023年11月3日、昌原地方法院は、勤労者らが有毒物質であるトリクロロメタンを吸入して中毒性肝炎の傷害を負ったD産業の事件において代表理事の重大災害処罰法違反罪などを認め、懲役1年、執行猶予3年を言い渡しました(昌原地方法院2023・11・3言渡2022ゴ単1429判決、以下「本件判決」)。D産業事件は、重大災害処罰法違反の疑いで起訴された最初の事件であり「職業性疾病による重大産業災害」事件としては初の判決事案です。
本件判決では捜査機関において主に問題視する有害・危険要因の確認・改善手続(重大災害処罰法施行令第4条第3号、以下「施行令」)、安全保健管理責任者等に対する評価基準(施行令第4条第5号ナ目)に係る具体的な判断基準を提示しており、今後の企業における重大災害処罰法の対応において重要な参考事例になるとされます。
一方、D産業は、上記裁判の過程で、重大災害処罰法第6条第2項、第4条第1項第1号が明確性の原則、過剰禁止の原則、平等原則に反するという理由で違憲法律審判提請を申し立てましたが、昌原地方法院は2023年11月3日、これを棄却しました(昌原地方法院2023・11・3言渡2022チョギ1795決定、以下「本件決定」)。本件決定は、重大災害処罰法の違憲性を判断した法院の初決定という点において注目する必要があります。
I. 本件判決について
1. 本件判決の主な内容
1) 重大災害の概要
D産業は電子製品メーカーであり、化学物質メーカーのA社から有害化学物質であるトリクロロメタンを含有する洗浄剤を購入しており、被告人はD産業とC社の代表理事として、同じ場所でD産業とC社を共に運営してきました。被告人は、有害物質を使用する事業場に局所排気装置を設置しないまま、D産業とC社の勤労者らに洗浄剤を使用して部品の脱脂作業を行わせ、これによってD産業の勤労者10人及びC社の勤労者6人がトリクロロメタンを吸入して2ヶ月以上の治療が必要な中毒性肝炎の傷害を負うという重大産業災害が発生しました[1] 。
2) 公訴事実の要旨
検察は、D産業の代表理事が経営責任者として(1)有害・危険要因の確認・改善手続(施行令第4条第3号)、(2)安全保健管理責任者等の評価基準(施行令第4条第5号)を設けていないなど事業場の特性を考慮した安全保健管理体系を構築していなかったため被災者が中毒性肝炎の傷害を負ったと判断し、重大災害処罰法違反罪(産業災害致傷)で起訴しました。
また、D産業の代表理事は、安全保健管理責任者の地位も兼ねているため、有害物質である洗浄剤を取り扱う作業を行わせながら上記洗浄剤の発散源を密閉する設備又は局所排気装置を設置していなかったこと、有害物質の名称及び物理的・化学的特性などを勤労者に知らせなかったことについて、「保健措置義務の違反」として産業安全保健法違反罪でも併せて起訴され、そのほかにも化学物質管理法、大気環境保全法、悪臭防止法、水環境保全法違反罪も公訴事実に含まれました。
3) 法院の判断
本件判決は、既存判決らと同様の構造で、D産業の経営責任者による重大災害処罰法上の安全保健確保義務違反の結果、現場で産業安全保健法上の具体的な安全保健措置義務を履行しなかったので重大産業災害に至ったという公訴事実について有罪と判断しました。判断の要旨をまとめると、下記のとおりです。
2. 本件判決の分析及び示唆する点
本件判決では、捜査機関において主に問題視する有害・危険要因の確認及び改善手続(施行令第4条第3号)、安全保健管理責任者等に対する評価基準(施行令第4条第5号)に関する具体的な判断基準を提示しました。
1) 有害・危険要因の確認及び改善手続整備の有無(施行令第4条第3号)
D産業は、事業場の特性に基づく有害・危険要因を確認して改善する業務手続を設けていたと主張しましたが、法院は、経営責任者が、その業務処理手続を体系的に設けることは勿論、各事業場においてその手続が実効性をもって作動しているかどうかを周期的に点検・確認させる内部規程を設けるなど一定の体系を構築しなければなければならないと判示しました。
これは、周期的な点検・確認手続を内部規程に記載しなければならないこと、当該手続の実効性まで点検・確認しなければならないことにおいて、重大災害処罰法を積極的に解釈して安全保健確保義務の強化を図る趣旨であると思われます。
また、法院は、有害・危険要因の「確認」手続には、「誰もが自由に事業場の危険要因を発掘して申告することができる窓口が含まれ」、「事業場で実際に有害・危険作業を行う従事者の意見を聴取する手続も含まれ」なければならないと判示し、より詳細な判断基準を提示しました。これに関して最近改正された事業場の危険性評価に関するガイドライン(2023年5月22日施行)においても、危険性評価を実施するときは当該作業に従事する勤労者を参加させるものと定めていることも参考にする必要があります。
また、有害・危険要因の「改善」手続は、確認された有害・危険要因を体系的に分類・管理して、有害・危険要因別に除去・代替・統制する方策をいうと判示し、危険性評価手続の整備で「施行令第4号第3号の義務履行」に代えるためには、当該事業場の有害・危険要因を把握・評価・管理・改善することができるよう当該事業場の固有の特性を反映していなければなければならないと説示しました。
結局、法院は、上記法理をもとに、①D産業の「安全保健管理規程」と「危険性評価マニュアル」は産業安全法令で定める一般的な内容に過ぎず、D産業事業場の固有の特性を反映しきれていないこと、②有害物質である塩化メチレンを洗浄剤に使用したにもかかわらず、事業場に局所排気装置が設置されておらず危険性評価結果報告書にこれに対する言及がないこと、③ESH業務マニュアルは元請けのL社がD産業を点検・評価するためのものに過ぎないことなどを理由に、有害・危険要因の確認及び改善手続が設けられていなかったと判断しました。
2) 安全保健管理責任者等に対する評価基準の整備の有無(施行令第4条第5号ナ目)
D産業は、管理監督者が当該業務を忠実に遂行しているかについて評価基準を設けていると主張しましたが、法院は、評価項目には産業安全保健法に基づく業務遂行及びその忠実度を反映できる内容が含まれなければならず、評価基準は実質的な評価が行われるよう具体的・細部的でなければならないと判示して、①D産業の「人事評価計画及び結果」は管理職従業員らへの人事評価の内容に過ぎず、②「保健管理者の非対面アンケート」は人事評価対象の従業員が直接自身の成果、実績などを記載するものであり通常の人事評価書類に過ぎないという理由で、安全保健管理責任者等への評価基準が設けられていなかったと判断しました。
3) 相当因果関係の判断
D産業は、重大災害処罰法上の義務不履行がひどくなく、虚偽で作成された物質安全保健資料(MSDS)によって本件事故が発生したものであるため、同法上の義務不履行と本件事故との間には因果関係がないと主張しました。
しかし、法院は、相当因果関係の基本概念を説示した上で、D産業の代表理事が安全保健管理体系の構築義務をしっかりと履行していたならば管理対象有害物質を使用していた事業場に局所排気装置などが設置されたであろうと判断されること、局所排気装置が設置されていなかったという事情が事故発生において唯一の原因ではないものの、本件事故の発生に相当な影響を及ぼしたであろうことは明白であると判示して、D産業の代表理事の義務不履行と本件事故との間には相当な因果関係があると判断しました。
すなわち、本件判決でも既存の先例らのように、①重大災害処罰法上の安全保健確保義務の違反→②産業安全法上の具体的な安全保健措置義務の違反→③重大災害発生の2段階構造により因果関係の有無を判断しましたが、各段階別に因果関係を認めた具体的な根拠は明らかにしませんでした。
4) 罪数の判断
法院は、①C社の勤労者らに対する各業務上過失致傷罪と、②重大災害処罰法違反(産業災害致傷)罪が実体的競合関係にあるものの、両罪はそれぞれ③D産業の勤労者らに対する各業務上過失致傷罪と観念的競合関係であるため、「連結関係による観念的競合関係」により、刑が最も重い重大災害処罰法違反罪で定める刑で処罰し、別途、併合罪加重を行わないと判示しました。
実体的競合関係と判断された理由は、C社の常時勤労者数が50人未満であり重大災害処罰法が適用されないため、D産業の勤労者らに対してのみ重大災害処罰法違反罪が成立するからであり、一般的に業務上過失致傷罪と重大災害処罰法違反罪の死傷者が同一であれば、両罪を「観念的競合関係」と判断する基調を維持しました。
5) 結論 - 示唆する点
本件判決を機に、重大災害処罰法が適用される事業場では、安全保健管理体系の構築及び履行の程度を再点検して、より実質的かつ精密に安全保健確保義務が履行されるよう管理の徹底を図る必要があります。
特に、有害・危険要因の確認及び改善手続(施行令第4条第3号)が各事業場において実効性をもって作動するかにつき周期的に点検・確認を行わせる内部規程を設ける必要があります。
また、有害・危険要因を「確認」する手続には「誰もが自由に事業場の危険要因を発掘して申告することができる窓口」が含まれるため、危険性評価を実施する際、当該作業に従事する勤労者を参加させて従事者の意見を聴取する手続が含まれるように整備し、これによって確認された有害・危険要因も改善する必要があるとされます。
また、安全保健管理責任者等に対する評価基準(施行令第4条第5号)に関して、評価項目には一般的な人事評価項目とは別に産業安全法に基づく業務遂行及びその忠実度を反映した内容が含まれなければならず、評価基準は具体的・細部的に設定されなければなりません。
II. 本件決定について
1. 本件決定の主な内容及び分析
D産業は、2022年10月13日、重大災害処罰法第6条第2項(経営責任者の重大産業災害に関する処罰条項)、第4条第1項第1号(経営責任者の安全保健確保義務条項)が明確性の原則、過剰禁止の原則、平等原則に反するという理由で違憲法律審判提請を申し立てました。
具体的な申立の趣旨は、(1)重大災害処罰法第4条第1項第1号の「実質的に支配・運営・管理する事業又は事業場」及び「災害予防に必要な人材及び予算など安全保健管理体系の構築及びその履行に関する措置」の概念が不明確であり予測可能性がないため罪刑法定主義の明確性の原則に反する、(2)重大災害処罰法第6条第2項は、事業主、経営責任者に対して抽象的かつ不明確な安全保健確保義務を課しながら、これに違反して重大産業災害が発生した場合は懲役7年以下の過度な処罰を受けるから職業遂行の自由を侵害するなど過剰禁止の原則に反する、(3)交通事故処理特例法と比較すれば刑罰体系上の正当性と均衡を失ったものとして平等の原則に反するというものです。
重大災害処罰法の違憲性は、重大災害処罰法の制定初期から多くの議論と関心を集め、裁判体において違憲法律審判提請の申立を認容するかどうかが注目されましたが、結果的に法院は、違憲法律審判提請の申立を棄却しました。
具体的な判断内容によると、法院は、(1)明確性の原則について、法文言の辞書的意味と重大災害処罰法の立法趣旨などに照らして当該条項の意味を十分知ることができ、同法施行令第4条が具体的な内容を定めているため明確性の原則に違反しないと判断しました。
また、法院は、(2)過剰禁止の原則について、処罰条項の立法目的が正当であり、産業災害のうち一部類型に限って適用され、処罰のためには安全保健確保義務の違反に関する故意が必要であるため、当該条項が被告人の職業遂行の自由の本質を侵害するとはいえず、手段の適切性と被害の最小性、法益の均衡性の要件も備えているとされると判断しました。
また、法院は(3)平等原則について、経営責任者等を処罰するためには故意が必要であるのに対し、交通事故処理特例法は過失犯が処罰対象であるため違いがあり、法定刑(7年以下の懲役)が罪質と行為者の責任に比べて過度に過酷ではなく、又は憲法上の平等の原理に反しないと判断しました。
2. 本件決定の示唆する点
これまで法曹界、経営界、労働界などにおいて熱い関心を集めてきた重大災害処罰法の違憲性の問題について初めて法院の判断が下された事例であり、重大災害処罰法の立法趣旨や内容を扱う法院の見解を確認することができたという点で大きな意味があります。
ただし、今後、他の事件でも重大災害処罰法に係る違憲法律審判提請の申立があり得て、憲法裁判所に直に憲法訴願を提起することもできるため、重大災害処罰法の違憲性イシューについても今後の動向を見守る必要があります。
III. 最近の重大災害処罰法違反の判決言渡の動向及び示唆する点
1. 実体判断について
これまでの重大産業災害の事件では、有害・危険要因の確認及び改善手続(3号)及び安全保健管理責任者等に対する評価基準の整備(5号)の義務違反の有無が最も多く問題となっており、法院は、経営責任者の安全保健確保義務違反及び事故発生との因果関係において、安全保健確保義務違反の点を全体的に羅列した上、これらの全体的な安全保健確保義務の不履行と重大災害発生との間に因果関係が認められるという論理で包括的に構成して起訴したり、判決する傾向を見せています。
特に、現在まで判決が言い渡されたすべての事件において施行令第5号の違反事由が問題となっているため、安全保健管理責任者等が、産業安全保健法に定める各々の業務を忠実に遂行できるよう当該業務遂行に必要な権限と予算が付与されているか、当該業務を忠実に遂行しているかを評価する基準を設けて、その基準に沿って半期に1回以上評価、管理がなされているかを実質的に点検してみる必要があります。
さらに、通常、重大災害発生との因果関係の認定が容易ではないとされていた安全保健目標及び経営方針の策定義務(施行令第1号)違反の有無が多数の事件で問題となっているため、社内で策定した安全保健目標や方針が事業及び事業場の特性を反映しないまま業界で通用している標準的な様式を別段の修正なく活用しているにとどまり、又は安全及び保健を確保するための実質的かつ具体的な方策が含まれておらず名目上のものに過ぎないかどうか、点検が必要です。
一方、「経営責任者」の意味、及び「これに準じて安全保健に関する業務を担当する者」の解釈については未だ法院の具体的な判断が出ていません。これを積極的に争う事件において法院がいかなる基準で判断するかについては、引き続き見守っていく必要があります。
2. 量刑判断について
上表のとおり、法院は1号から8号の事件全部において経営責任者にいずれも懲役刑を言い渡しました。今後においても、重大災害処罰法による高い法定刑に照らして罰金刑よりは懲役刑が言い渡される可能性が高いことが見込まれ、2号の事件のように同種前科の有無などに応じて執行猶予ではなく実刑が言い渡される可能性もあります。
量刑事由としては、和解に基づく遺族側の処罰不願の意思が有利な因子の中で最も重要に考慮されており、そのほかにも被告人による反省、同種前科の不存在、被害者側の過失の介入などが併せて考慮されました。一方で、重大災害処罰法の導入目的に伴う厳重な処罰の必要性とともに、同種前科の存否が不利な因子として重要に考慮されたという点も参考にする必要があります。
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法務法人(有限)太平洋は、業界で初めて産業安全TFTを運営して、多様な業務経験やノウハウを蓄積しており、産業安全事故の対応及びComplianceアドバイス分野の卓越した専門性と豊富な実務経験を有しています。法務法人(有限)太平洋は、重大災害処罰法の施行以降、既存の産業安全TFTを重大災害予防・対応TFTに拡大再編し、重大災害処罰法令の内容の分析及び事業場に及ぼす影響、Complianceシステムの構築点検及び今後の対応策、重大災害事件発生時の捜査対応などに係る総合アドバイスを提供しています。これに関するお問い合わせ等ございましたら、遠慮なくご連絡ください。
- 一方、類似の時期に、同種の洗浄剤を使用して同じく勤労者13人が職業性疾病の重大産業災害を被ったB社においては、重大災害処罰法に基づく安全保健管理体系を構築していることが認められ、同法違反について不起訴処分が下されました。