パンデミック、サプライチェーンの支障、ウクライナ戦争などの余波により資材費、人件費などの諸物価が急騰しながら、関連業界における苦衷も深刻化しています。これを受け、様々な事業現場では物価変動に伴う契約金額の調整の問題が重大な懸案として浮上しています。
急激な物価変動に早急に対処する必要性は日々高まっていますが、法理構成の困難さにより、法律的次元において物価変動に対応する具体策に係る活発な議論には至っていないのが事実です。従前の枠組みの中では近来の物価変動に成功裏に対処することは困難であり、新たな視点での法理的アプローチが必要です。
I. 何ができるか?
1. 物価変動の契約金額調整条項の適用
当事者間における契約に、物価上昇分を反映する旨の契約金額調整条項があれば、優先的にこれを適用して物価変動分の補填を受けることができます。契約例規をもとに締結された公共契約には物価変動の契約金額調整条項が挿入されているため、これを通じて物価変動への対処が可能とされます。
しかし、大半の民間契約には公共契約のような物価変動の契約金額調整条項が存在しません。この点、国土交通部は、最近、「契約書上に『物価変動に伴う契約金額の調整はしない』という内容が明示されている場合、物価変動に伴う契約金額の調整を認めない相当な理由がなければ、その部分に限って請負契約の内容が無効になり得[る]」と解釈しました。しかし、上記の有権解釈は、物価変動に伴う契約金額調整条項がそもそも「不存在」の場合に関する解釈ではないため、実際の事案において活用可能かについては多少疑問があります。
2. 事情変更の法理に基づく契約変更の要請
民間契約のように物価変動の契約金額調整条項がない場合の対処について、これまで学術的に主に言及されている論理は「事情変更の法理」です。「事情変更の法理」とは、契約成立の基礎とした事情が著しく変更されて当初定められた契約内容をそのまま維持することが公平に反する結果をもたらす場合に、当事者の一方が契約内容を変更することができるという契約法上の法理をいいます。
韓国の大法院は、事情変更の法理を徐々に拡大している傾向にあります。かつては事情変更の法理自体を認めない立場でしたが[1] 、最近、大法院は事情変更に基づく契約解除権の行使を明示的に認めました[2] 。
ただし、最近、事情変更に基づく契約解除権の行使が認められた事例は、ビザ発給の時限が問題となる特殊な事案に関するもので、継続的契約における履行費用の増加が問題とされる物価変動の事案とは紛争の性格に違いがあります。また、大法院は「契約解除権」とは異なり事情変更に基づく「契約変更権」に関しては一切議論したところがなく、事情変更の法理に基づいて物価変動に伴う契約金額の増額が認められるには理論的な困難が予想されます[3] 。
3. 物価変動に対応するための新たなアプローチ – 米国の法理を参考に
このように、従来議論されていた法理的な枠組みの中では現在の物価変動に成功裏に対処することは困難なのが事実です。海外の事例を分析して、韓国の法制及び契約に適用する案を考えてみる必要があります。
米国では、発注者側の事由で延長された契約期間の間に発生した物価変動分に関しては、発注者の賠償責任を認める法理が長きにわたり発展してきました。発注者の帰責により工事が遅延した期間中に物価が上昇して追加費用の投入が避けられない場合において、発注者は請負人にこれらの費用上昇分を補填する責任があると判断しています。これらの追加費用には、労務費、材料費などが含まれます。
米国で認められている上記の法理を韓国の法制に変容して活用することができれば、少なくとも発注者側の事由で工期が遅延する期間に生じた物価上昇分は、発注者からその費用の補填を受けることができるとされます。
弊所は、物価変動イシューが業界の懸案として浮上した時点から外国の事例を綿密に分析し、最近では関連する米国の議論を国内に成功裏に置き換えるための法理開発に着手している状態です。法理開発の過程において民法・国家契約法などの関係法令は勿論、各種標準契約書の契約条項を根拠に、米国の判例が国内の建設契約に適用され得る法律的論拠を見出すことができました。今後、追加の研究や検討を経て、実際の紛争においても新たに開発された法理を積極的に活用していく計画です。
II. 何を準備すべきか?
以上の対策のうちいずれを活用するにせよ、請負人が今後の紛争に備えて準備するべき事項は特段変わりません。契約金額の増額を求める請負人としては、契約当事者ら皆が予測し得なかった水準の急激な物価変動があったという事情を立証する資料の確保に万全を期す必要があります。
まず、パンデミック以前には材料費、労務費の水準が数十年にわたって安定的に変動し、このような前提の下で発注者、請負人との間で異論のない範疇内で当該プロジェクトの契約金額が策定されたことを説明する資料の確保が必要になります。すなわち、発注者と請負人が契約当時にそれぞれ予想していた費用の水準に関する資料、パンデミック以前の材料費・労務費の変動性に関する資料の確保が必須です。
さらに、資材費などの急激な変動により請負人が契約を履行しながら実際投入した費用が予想を大きく上回ったことを証明する資料を確保する必要があるでしょう。物価指数などのデータを活用するほか、請負人が実際に投入した費用を詳細に裏付ける資料の確保が必須になります。
以上、請負人の立場として近来の物価変動に対処可能な様々な法律的方策や準備事項について解説しました。近来の物価変動が急激であるだけに、これに対応し得る法律的な対処策を講ずることも容易ではないようです。しかし、外国の事例などに関する掘り下げたリサーチ、綿密な法理の開発、充実した事実関係の立証をもってすれば、既存の法理的枠組みを超えた解決策の提示や解決も十分可能であると思われます。これに関してご不明な点等ございましたら、ご遠慮なく弊所までご連絡ください。
- 大法院1963・9・12言渡63ダ452判決など
- 大法院2021・6・30言渡2019ダ276338判決
- 米国では事情変更の法理に類似する「実行困難性(impracticability)の法理」に基づき、急激な物価変動に伴い契約当事者の一方が従前の契約をそのまま履行することが困難な場合に契約変更権を認めた判決が一部存在します。ただし、米国でもこれは相当に例外的なものと評価されています。