1. 評価・見通し:「公正と常識により大韓民国を正常化」少数与党の克服が課題
文在寅(ムン・ジェイン)大統領によって検察総長に任命された尹錫悦(ユン・ソクヨル)当選者は、任期途中で辞職した後、野党「国民の力」に入党した。党内の既存の大物政治家との大統領候補予備選挙で新人政治家というハンディキャップを克服して候補者に選ばれたことに続き、「行政の達人」と呼ばれていた与党候補に勝利して、第20代の大統領に当選した。尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補の当選は、不動産価格の高騰と「ダブルスタンダード」に象徴される現政権の政治的な不公正議論によるところが大きい。「公正と常識の回復により大韓民国を正常化する」という当選者のキャッチフレーズが多数の国民の心を掴んだ。これに加え、投票日を6日控えて電撃的に行われた野党候補の一本化が決定的に選挙の流れを当選者の方に変えた。
当選者は、青瓦台をはじめとする国家権力機関の再編、韓・米・日同盟関係の回復、対等な南北関係の推進、経済、IT、科学技術、教育などの分野への民間専門家の参加など、多くの分野で現政府とは明らかに差別化した政策路線を目指していくと念を押してきた。ただ、国会で現与党が過半数を占めている中、新しい政策を如何に実現していくかが注目される。選挙戦終盤に安哲秀(アン・チョルス)候補との一本化により、「国民統合政府」構成を宣言したという点で、大統領職引継委員会の段階でより具体的な政策が導出される可能性が高い。
2. マクロ経済政策:企業フレンドリーな政策、規制緩和や革新により成長エンジンを育成
当選者の経済哲学キーワードは市場経済の活性化である。ダイナミックな革新経済のために大幅な規制緩和や新しい成長エンジンの育成を目指していくものとみられる。「business friendly、global-oriented」政策が期待される。
新しい政府は「成長と福祉の好循環」、「革新による成長潜在力の向上」を掲げている。革新を成長のエンジンとして認識することから、文在寅(ムン・ジェイン)政府の「所得主導の成長」政策は大幅な修正が避けられない見通しである。当選者は、規制改革専門機関を設置し、デジタルヘルスケア、遠隔教育など新産業分野の成長のために規制を革新し、企業投資の活性化を図ると念を押している。中小・ベンチャー企業育成を強調する政策基調は維持するものの、雇用創出のために半導体などグローバルリード企業とUターン企業も支援すると明らかにしている。資本市場の透明性や公正性を改善するという公約も注目される。
福祉強化の基調は続けても直接支援よりは税制インセンティブなどによる間接支援が好まれ、財政支出と国家債務の増加傾向は多少鈍化していく見通しである。難問題とされる「年金改革」の推進も約束している。エネルギー政策においては「脱原発」を廃棄し、再生可能エネルギーの拡大もスピード調整に入る。不動産政策は「需要抑制」から「供給拡大」に旋回し、規制よりは市場による問題解決を好むものとみられる。
3. 労働:「企業-労組とのバランス」政策が実現するかが注目
企業規制の革新により市場中心の雇用創出を推進する中、労働政策においては前政府の労働フレンドリー政策を調整し、企業と労組間のバランスを図るものと見込まれる。労働団体との社会的対話は尊重しながらも、民主労総など労働組合の違法的な集団行動に対しては厳しく対応していくものとみられる。その過程で、労働団体の活動が激化する可能性があり、野党(現与党)が多数を占める国会の助けを借りにくいため、政策の実現が不透明になる可能性がある。
弱者である労働者を保護して支援し、企業の社会的責任を強調する政策は拡大していくものとみられる。具体的には、プラットフォーム労働者など脆弱階層の労働権を保護し、勤労時間に関する柔軟性や勤労者選択権を拡大し、労働者向けの教育及び学習の機会を提供する一方、育児や出産を支援する政策が推進される。対話と妥協の労使関係のために労働委員会の調整機能を強化し、労使協議会の労働者による参加を拡大し、公共部門の労働理事制の導入を拡大していくものと予想される。
4. 公正取引:規制緩和基調の一方で、合理的な法執行を強調
経済的弱者の保護に重点を置いていた文在寅(ムン・ジェイン)政府の公正取引分野の政策や法執行の基調に比べれば、規制や法執行の度合いは相対的に緩和されるものと見込まれる。
いわゆる「甲乙関係」で経済的弱者の被害を迅速且つ実質的に救済できる政策は維持しながらも、合理的な執行を目指していくとみられる。特に、専属告発権を厳正且つ客観的に行使し、中小企業ベンチャー企業部などの義務告発要請制度と調和をなして運用していくという立場なので、公取委による検察告発決定が減少する可能性が高い。また、公正取引紛争調停統合法を制定してADRを活性化し、中小企業技術の奪取を予防する一方、被害救済のための公正取引システムを構築し、納入単価原価連動制の導入などを検討していくものとみられる。
デジタルプラットフォーム分野に対しては、特有の躍動性や革新が阻害されないよう、自律規制を原則としつつ、必要に応じて規制を最小限にとどめるという立場である。したがって、法違反の調査や規制強化に焦点を置いて行われてきた関係法執行の慣行に変化が見込まれる。
公正取引法における特殊関係人の親族範囲(血族6親等、姻戚4親等)については、時代の流れに合わせて合理的に調整し、経済的共同体関係が無いことが証明される場合、例外を認める案が設けられるとみられる。
5. 金融/仮想資産:「資本市場の先進化」金融産業競争力の向上
金融市場における規制緩和とともに、金融産業の競争を促す政策基調を選ぶものと予想される。政府発足の初期には新型コロナによる被害階層への金融支援も並行していくものとみられる。ただ、預金金利とローン金利との格差を改善するために、預貸金利差の公示制度を取り入れ、加算金利の適切性を検討するとしたのは、金融会社による金利への直接的介入を示唆するものであり、その実行可能性が注目される。
「資本市場の先進化」のために個人投資者向けの税制支援を強化し、空売りサーキット・ブレーカーの導入を含め、資本市場の透明性・公正性向上のための制度改善を公約として提示した。デジタル資産基本法を制定し、デジタル産業振興庁を新設するという内容も盛り込まれている。これとともに、明示上に禁止している事項以外はいずれも許容するネガティブ規制方式の採用などにより、仮想資産及びデジタル金融産業の育成に積極的に乗り出すものと見込まれる。例えば、取引所発行方式(IEO)から取り入れて順次にICOを許容していき、コイン投資収益5千万ウォンまで課税しないという公約などを提示している。
金融分野における公約の多くは、法律改正が求められる事案である。国会が少数与党となる状況が解消されない限り、野党との意見の隔たりが大きい事案をスピーディに推進することは難しいと予想される。
6. ESG:実現可能性を考慮した市場フレンドリーなアプローチ
実現可能な目標と手段に重点を置いて市場への衝撃を最小限にとどめるESG政策が予想される。環境(E)分野では、脱原発基調を白紙化し、原発を活性化するという立場が固く、K-Taxonomyにも原発を追加するものとみられる。「実現可能な」2030温室効果ガスの削減と2050カーボンニュートラルを進めるという公約は、環境・エネルギー政策の速度調整を示唆している。炭素税の導入に反対する一方、炭素低減技術の開発や施設導入の補助及び税額控除の拡大など、規制よりは支援による市場フレンドリーなシフトを重視する。社会(S)分野では、文在寅(ムン・ジェイン)政府で導入された労働時間規制が多少緩和され、労組の違法行為に対しては厳しい対応が予想される。プラットフォーム産業では、規制よりは市場フレンドリーなアプローチを好む。ガバナンス(G)分野では、ベンチャー企業の経営権防御のための複数議決権の導入とともに、新事業分割上場の制限、インサイダー無制限持分売却の制限、空売り制度の改善など小口投資者保護のための政策も立てている。
7. 重大災害:予測可能性を高めて不透明性の解消が期待される
法曹(検察総長)出身である当選者は、重大災害処罰法の問題点を理解し、内在的不透明性を軽減していくという予想が出されている。野党(現与党)が国会の過半数議席を占めている中、当面は法改正は難しいと予想されるものの、法執行段階では重大災害の範囲や経営責任者の義務や責任などに対して予測可能且つ合理的な解釈と適用を期待できると見込まれる。しかし、不透明性が短期で解消されることは難しいだけに、重大災害事故の予防に向けた徹底した対策が求められる。1月27日法施行後、重大災害事故が多く発生しており、今後重大災害処罰法の違反で起訴される事例もあることが予想されるため、綿密なモニタリングが求められる。
8. ヘルスケア:医療分野における市場機能の強化…野党とのトラブルの余地あり
新型コロナ禍やそれによるバイオ医薬品の急成長、第4次産業革命によるデジタルシフトの加速化という環境変化の中、バイオヘルス産業を育成して医療データを幅広く活用する保健産業政策が推進されることが見込まれる。製薬産業においては、新薬の迅速な登載制度の導入と重症希少がん治療剤の健康保険適用の拡大など、産業フレンドリーな政策が注目を集めている。規制革新、規制緩和という当選者の政策基調は保健産業にもそのまま適用され、肯定的な影響を及ぼすことが期待される。医療サービス報酬を引き上げ、民間医療機関の利用を活性化する政策は、医療専門職から歓迎される可能性が大きい。「公共政策の報酬」新設による「必須医療国責任制の実施」、健康保険料の賦課体制の再編、看病費などに対する国民健康保険適用の拡大政策は、国民健康保険の健全性への影響が大きいことから、施行に多少時間がかかることが見込まれる。保健産業及び保健医療政策分野において規制を緩和して市場機能を活性化するという当選者の政策は、公共医療機能を優先する野党(現与党)や関係市民団体とのトラブルを招く可能性が高く、推進に難航が予想される。
9. IT:「デジタルプラットフォーム政府」IT分野に柔軟な労働政策
人工知能、ソフトウェア、デジタルインフラ(自律走行、ロボット、5G、クラウドコンピューティング)、サイバーセーフティーネット分野への支援を大幅に強化していく。民間の創意力や技術力を活用したデジタルプラットフォーム政府を構築し、革新的なサービスを国民に提供する。メディア産業の特性を考慮して関係政府部処を統合し、企業への規制は大幅に緩和し、税制など支援を強化する。
大手企業には、中小企業、スタートアップ、ベンチャーと共に成長させる政策が見込まれる。プラットフォームなどIT企業に対して柔軟な労働政策が展開されることが見込まれる。米国との協力は強化してくことが予想されるが、この場合、グローバル企業向けに韓国での規制が緩和される余地がある。政策の多くは、朴槿恵(パク・クネ)政府の延長線にある。専門性と経験、実行力を備えた専門家にIT分野を任せられるかどうかがカギとなる。政府発足初期に速かに政策を確定し、力強く実行に移せるかどうかがIT政策の成否を左右するだろう。
10. 租税:新事業分野への租税支援を拡大…不動産税の負担は緩和
未来自動車、二次電池、バイオ産業へのR&D投資など、新事業分野及びエネルギー削減施設の投資における租税支援を拡大する。ベンチャー企業の役職員に与えられるストックオプション非課税限度も上方修正される。カーボンニュートラルを進めても、企業からの反発が予想される炭素税の導入は、慎重に考慮することが想定される。
前政府の最大の失策と評価される不動産政策の正常化に向け、全般的に税金負担を緩和するとともに取引活性化による市場安定化を図ることが予想される。具体的には、総合不動産税は財産税と統合して廃止し、譲渡所得税を再編する一方、取得税を引き下げるという方針を掲げている。個人の株式投資と仮想資産投資の活性化のためには株式の譲渡所得税を廃止し、仮想資産投資収益の一定部分を非課税にすることが見込まれる。