2024年1月27日付で重大災害処罰等に関する法律(以下「重大災害処罰法」)が施行されて2年になりました。
重大災害処罰法の施行から2023年12月31日まで計510件の重大産業災害が発生し、そのうち13件については法院の判決が下されましたが、残りの多くの事件は未だ労働庁・検察の捜査段階にあります。法院は、起訴された事件についていずれも有罪と判断しましたが、労働庁・検察の捜査過程で異例の事故として経営責任者に法違反の責任を問い難いケースや、経営責任者が重大災害処罰法上の安全保健確保義務を充実に履行したケースについては、重大災害処罰法の違反ではないという判断を下しました。
法院と検察の具体的な法の適用においては、(ⅰ)有害・危険要因の確認・改善手続(施行令第4条第3号)、安全保健管理責任者などの評価基準(施行令第4条第5号)などに関する判断基準の詳細が示され、(ⅱ)重大災害処罰法上の安全保健確保義務の違反と産業安全保健法による安全措置義務の履行を連携する、いわゆる「多段階の因果関係」の法理がある程度整っているようです。
このような中、企業などは重大災害処罰法の違反事件に対する法院の判決や検察の決定などを基準に、普段から事業及び事業場の安全保健管理体系をきちんと構築し、管理を徹底していたかどうかを改めて点検し、必要な部分を補完していく必要があります。
1. 重大災害処罰法違反事件の最近の判決動向及び示唆点
1. 判決の動向
計13件の判決が言い渡され、実刑は1件、残り12件には執行猶予が言い渡されました。また、13件の判決のうち11件では重大災害処罰法施行令第3号と第5号の違反が認められ、重大災害処罰法上の安全保健確保義務の違反事項の中で最も頻繁に認められる事項であることが確認されました。判決の詳細は、別添のとおりです。
2. 実体の判断の示唆点
重大災害処罰法の施行当時、多くの専門家らは重大災害処罰法の概念が不明瞭であり、重大災害処罰法上の義務違反と事故発生との因果関係の認定が難しいなど、法理的な理由により法院の段階で多くの事件に無罪が言い渡されると予想していました。しかし、これまで法院は13件の事件でいずれも有罪を言い渡しました。これは、法理的に緻密な解釈とは言い難いですが、重大災害処罰法の趣旨を活かすための解釈であると考えられます。前述のとおり、具体的にはこれまでの重大産業災害事件では、有害・危険要因の確認・改善手続(第3号)及び安全保健管理責任者などに対する評価基準の整備(第5号)義務の違反有無が最も多く問題になりました。
とりわけ、施行令第3号の違反は、産業安全保健基準に関する規則上の安全保健措置義務の未履行との因果関係が認められる余地が高いことから、事業又は事業場の特性を踏まえた有害・危険要因を確認して改善する業務プロセスを整備し、その業務プロセスに従って有害・危険要因の確認及び改善が行われるかどうかを半期に1回以上実質的に点検してみることが求められます。
この点、法院の判決のうち、有害・危険要因の確認手続には、「何人も自由に事業場の危険要因を発掘して通報できる窓口が含ま」れ、「事業場で実際有害・危険作業を行う従事者の意見を聴取するプロセスも含ま」れなければならないとした判決があるため、危険性の評価など有害・危険要因の確認及び改善にあたり、当該作業に従事する勤労者を参加させることを考慮する必要があります。
多くの専門家らが重大災害との因果関係を否定的に予見していた安全保健目標及び経営方針策定義務(施行令第1号)の違反が計4件の事件で有罪が認められる根拠になったため、社内の安全保健目標と方針が事業及び事業場の特性を反映しないまま業界で通用する標準的な様式を別途修正することなく活用することにとどまったり、安全や保健を確保するための実質的かつ具体的な方策が含まれず、それが名目上のものに過ぎないのではないかという点検が必要です。
さらに、法院は経営責任者の安全保健確保義務の違反と事故発生との因果関係に関し、重大災害処罰法上の安全保健確保義務の違反によって事業場で産業安全保健基準に関する規則上の安全保健措置が履行されず(二次的因果関係)、産業安全保健基準に関する規則上の安全保健措置の違反によって作業現場で重大産業災害が発生した(直接的因果関係)という仕組みの「多段階の因果関係」が認められるという論理で構成して判決を下す傾向にあることから、事故が発生した場合に法理的に因果関係の有無を争うことができるかどうかも重要な争点になります。
3. 量刑判断の示唆点
法院は、重大災害処罰法の目的や趣旨を踏まえ、第1号から第13号事件全部の経営責任者に対していずれも有罪を言い渡しましたが、13件のうち12件で執行猶予を言い渡しました。専門家らの当初の予想や高い法定刑に照らしてやや低い水準の量刑が言い渡されましたが、これは厳密な意味で因果関係や故意の認定が困難であるということを量刑で考慮したような判断と思われます。
ただ、第2号事件のように、経営責任者である被告人が数回にわたって安全措置義務の違反により処罰されたことがあるなど、同種の前科があれば執行猶予ではなく実刑が言い渡される可能性もあるので、経営責任者が安全措置義務の違反により処罰されたことがあったり事故が頻繁な事業場では、重大災害処罰法による安全保健確保義務を一層徹底して履行する必要があります。
量刑事由としては、合意による遺族側の処罰不願意思が有利な因子のうち最も重要に考慮されたほか、被告人の反省、再発防止への取り組み、同種前科の不存在、被害者側の過失への介入などが併せて考慮されました。
4. 今後の見通し
これまで法院が判断を下した事件のうち、被告人側が疑いを積極的に争った事件は3件に過ぎないため、これまでの判決などをもって重大災害処罰法の解釈に関する法院の立場を一般化することは困難です。
ただ、13件の事件において経営責任者に対してはいずれも懲役刑が言い渡されたという点で、今後とも同じ水準の量刑が言い渡される可能性が高く、特に同種前科の有無などによって実刑が言い渡される可能性も否定できません。
さらに、法院は重大災害処罰法による安全保健確保義務の違反と産業安全保健法による安全措置義務の履行を連携する、いわゆる「多段階の因果関係」を前提として判断しており、その因果関係の判断に対し、このような法院の解釈は今後とも続く可能性が高いです。
一方、「経営責任者」の意味及び「これに準じて安全保健に関する業務を担当する者」の解釈に対しては、未だ法院の具体的な判断が下されていないため、今後において代表理事の経営責任者の該非を積極的に争う事件で法院が如何なる基準をもって判断をするか見守る必要があります。
I. 重大災害事件の捜査現況及び検察不起訴決定の示唆点
1. 現況(2023年12月31日基準)
2. 検察の不起訴決定の主要な示唆点
1) A社
勤労者らが毒性物質に露出して急性中毒の診断を受けたケースにおいて、労働庁は代表理事 (経営責任者)に対して重大災害処罰法の違反の疑いで起訴意見で送致しましたが、検察は「安全保健に関する従事者の意見聴取、有害危険要因の確認・改善プロセスを整備し、災害の予防に必要な予算を編成するなど、法律で定めた安全保健管理体系を構築したことが認められる。」として不起訴決定を下しました。
本事件は、重大災害事故が発生したにも拘らず、事前に安全保健管理体系の構築及び半期1回の点検義務など、法令で定めた安全保健確保義務の履行を理由に捜査機関の段階で経営責任者の免責が行われた初のケースであり、事業場で重大災害が発生しても、法令上の安全保健確保義務さえ充実に履行すれば、経営責任者及び法人の免責が可能であることが確認されました。
また、同じ時期に同じ毒性物質によって急性中毒が発生したD社は、安全保健管理体系を構築していないという理由で起訴され、結局、有罪が言い渡されたことから、重大災害処罰法上の義務履行を充実に尽くしたかどうかによって責任の有無が変わることを明らかに示す事例とされます。
2) B社(BKLが遂行)
エアコン修理業務のための室外機の点検中に墜落して死亡したケースにおいて、労働庁は、電子製品サービス会社の代表理事及び法人の重大災害処罰法の違反及び産業安全保健法の違反の疑いに対して起訴意見として送致しましたが、検察はすべての疑いに対して嫌疑なしの不起訴処分を下しました。
大検察庁が発刊した「重大災害処罰法の罰則解説」だけでなく、関係専門家らにおいて重大災害処罰法の違反が成立するためには法理的に産業安全保健法と重大災害処罰法との間に多段階の因果関係が必要であるとしましたが、当時言い渡された判決や捜査機関の処分例では、このような二次的因果関係の立証が必要であると直接に言及したケースは見当たりませんでした。
本事件において、検察は会社の安全措置義務の履行現況を詳細に検討し、会社レベルの産業安全保健法令上の義務違反がないから産業安全保健法の違反を媒介とした重大災害処罰法上の安全確保義務違反と死亡との間には当然因果関係が認められ難いとし、明らかに「二次的因果関係」の立証の必要性を説示しました。
これに加え、本件不起訴決定により、重大災害処罰法上の安全保健確保義務を充実に履行したならば、たとえ作業現場で重大災害が発生しても、経営責任者に対する重大災害処罰法の違反が成立しないということも明確に確認されました。
3) C社
工場内の爆発事故により勤労者らが死亡・怪我をしたケースにおいて、検察は「代表理事が安全保健に関する事項のすべてをCSOに委ね、実質的・最終的な意思決定権を行使したことがないから、重大災害処罰法上の経営責任者にあたるとは言い難い。」とし、代表理事の重大災害処罰法の違反の疑いに対して不起訴決定を下しました。
さらに、検察はCSOの重大災害処罰法の違反の疑いに対しても、「有害・危険要因の確認及び改善手続、重大産業災害が発生する切迫した危険に備えたマニュアルを整備するなど、重大災害処罰法上の安全保健確保義務をいずれも履行した。」とし、不起訴決定を下しました。
本事件は、捜査機関がCSOを重大災害処罰法上の経営責任者として認めた初のケースであり、CSOに与えられた権限と責任の度合いに応じて重大災害処罰法上の経営責任者に該当し得ることが確認され、企業としてはCSOを安全保健に関する最終の意思決定権者と位置づける安全保健管理体系を構築することが考えられます。しかし、未だ経営責任者に関する法院の判断は下されていないため、今後見極める必要があります。
4) D社
トラック品質管理の検査中に挟まって死亡したケースにおいて、労働庁は代表理事3人のうちCSOに選任された代表理事を重大災害処罰法上の経営責任者として立件し、「災害者の異例な作業方式に起因した事故であり、重大災害処罰法上の義務履行の違反が認められない。」と判断し、重大災害処罰法の違反の疑いに対して不起訴意見として検察に送致し、検察も不起訴決定を下しました。
III. 2024年1月27日からは50人未満の事業又は事業場(建設業の場合、工事金額50億ウォン未満の工事)にも重大災害処罰法が適用される
2021年1月26日制定されて2022年1月27日から50人以上の事業又は事業場(建設業については、工事金額50億ウォン以上の工事)に適用されてきた重大災害処罰法が、2024年1月27日から50人未満事業場(建設業については工事金額50億ウォン未満の工事、以下同じ)にも拡大して適用されます。この場合、5人以上の事業場には例外なく重大災害処罰法が適用されることになります。
中小・零細企業に対して重大災害処罰法を全面施行することをめぐって経済界の懸念が多い中、これによって政府と与党は2年の猶予を進めたものの、結局、50人未満の事業場に対しても猶予なく拡大して適用されることになりました。
2022年の重大災害の発生現況によれば、2022年の重大災害事故の死亡者の60.24%が常時勤労者50人未満の事業で発生しました。相対的に規模の小さい会社では安全保健管理体系を十分構築していないことが多いようです。前述のとおり、多くの重大災害処罰法の違反事件で懲役刑の執行猶予が言い渡されており、重大災害事故が次々と発生した会社の場合においては代表理事に実刑が言い渡されて拘束された事例もあります。これを受け、50人未満の勤労者を使用する会社でも、重大災害処罰法上の義務履行に向けて準備をしておく必要があります。重大災害処罰法第4条は、「災害の予防に必要な人材及び予算など、安全保健管理体系の構築及びその履行に関する措置、災害発生時における再発防止対策の策定及びその履行に関する措置、中央行政機関・地方自治体が関係法令に基づいて改善、是正などを命じた事項の履行に関する措置、安全・保健関係法令による義務履行に必要な管理上の措置」を講ずるよう規定しており、前述のとおり、有害・危険要因の確認及び改善手続(第3号)及び安全保健管理責任者などに対する評価基準の整備(第5号)義務の違反有無が最も多く問題になっています。
これまで雇用労働部は、重大災害処罰法に関する解説書、案内書などを発刊してきましたが、それにも拘らず、安全管理者など安全保健専門人材を選任していない多くの50人未満の事業場では、独自に重大災害処罰法上の安全保健管理体系義務を履行することが極めて困難です。未だ重大災害処罰法に関する判例が蓄積されていない中で、安全保健管理体系を充実に構築して重大災害処罰法に効果的に対応するためには、専門家の助力が欠かせないといえます。
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法務法人(有限)太平洋は、業界初で産業安全TFTを運営し、多様な業務経験やノウハウを蓄積してきており、産業安全事故への対応及びコンプライアンスのアドバイス分野における優れた専門性と豊かな実務経験を有しています。法務法人(有限)太平洋は、重大災害処罰法の施行後、従来の産業安全TFTを重大災害の予防・対応TFTに拡大改編し、重大災害処罰法令の内容分析及び事業場への影響、コンプライアンス・システム構築の点検及び今後の対応策、重大災害事件の発生時における捜査への対応などに対する総合アドバイスを提供しており、これに関するお問い合わせがございましたら、遠慮なくお申し付けください。