1. はじめに
韓国における「独占規制及び公正取引に関する法律」(以下「公正取引法」)は、1980年の制定以来、約40年の間で数十回にわたり一部ずつ改正されてきたところ、最近、韓国の公正取引委員会(以下「公取委」)は、公正取引法の内容を全面的に改正する公正取引法全部改正案を発議し、同改正案は、2020年12月9日、国会で成立しました(以下、成立した上記改正案を「改正法」という)。上記改正案のうち価格カルテル、生産量カルテル、市場分割カルテル、入札談合などのハードコア・カルテルに対して公取委の専属告発権を廃止する条項については、国会における議論の末、最終的に改正案から除外(公取委の専属告発権を維持)されました。成立した改正法は、公布された日(2020年12月29日)から1年が経過した2021年12月30日から施行の予定です。
今回の改正法には、既存の公正取引法に比べて規制を強化した内容及び新たに導入された制度が多数存在します。そのため、韓国においてビジネスを営み、又は支社を置いている日本企業としては、改正法の内容を予め熟知し、法違反リスクの管理やコンプライアンスに備えていただく必要があります。
改正法の主な内容(外国企業又は外資系企業にも影響があり得る事項)は、以下のとおりです。
2. カルテル規制の強化
ア. 情報交換行為のカルテル類型追加及び情報交換行為を合意と推定
現行の公正取引法では情報交換の合意をカルテルと見ておらず、法院もやはり、単純な情報交換だけではカルテルの成立要素である合意があったとは見られにくいとの判決を幾度も下してきました。
ところが、今回の改正法では情報交換に関して二つの条項を新設することで、競合他社の間で情報交換があった場合に、カルテルと認められる可能性を大きく引き上げました。
まず、情報交換の合意をカルテルの一類型として新設しました。すなわち、改正法では、価格、生産量などに関する情報を取り交わすことにより、競争を実質的に制限する行為をすることで合意した場合をカルテルの一類型に新設することで、直接の値上げや物量調節の合意がないとしても、情報交換に関する合意だけでカルテルが認められるようにしました。
また、改正法は、事業者の間で価格決定、供給量の制限、物量配分などに必要な情報を交換する行為が存在する場合に、事業者間による価格決定などに対する合意の存在を推定する条項を新設しました。これにより、公取委が事業者間の合意を立証できないとしても、情報交換の事実だけを立証すれば合意の推定によってカルテルが認められるようにしました。
したがって、今後、競合他社の間で競争にセンシティブな情報を交換する行為が摘発された場合には情報交換に関する合意そのものでカルテルが認められたり、価格カルテルなどに対する合意の存在が推定可能になるため、企業としては役職員らが競合他社と情報を交換する行為を禁じるなど、一層強化されたコンプライアンスを実施する必要性が更に高まりました。
イ. カルテルに対する韓国検察による積極的な捜査・起訴の拡大
韓国検察は、今回の改正法が発議される前から入札談合などハードコア・カルテルにあっては、公取委の行政制裁だけではカルテル抑止効果が弱いため、公取委の告発なく先制的に捜査する必要性があるという立場を示してきました。一例として、最近、韓国検察は調達庁から提供された資料をもとに、(韓国公取委によるカルテル調査は勿論、検察告発措置がなかったにもかかわらず)国内外の製薬メーカーに対する独自の入札談合捜査に着手し、最終的に法人をはじめとする関係代表理事及び役職員を起訴(公正取引法違反罪及び入札妨害罪)しました。これは、公取委によるカルテル調査なく、韓国検察が先制的にカルテル事件を捜査、起訴した代表的な事例です(法人に対する公正取引法違反の起訴のために検察総長の告発要請権が行使された)。
従来は公正取引法上の専属告発権が廃止されることが予想されていたため、検察はハードコア・カルテルについて積極的かつ先制的に捜査を進める予定でしたが、予想に反して専属告発権が維持されたことから、それらの捜査に制限が生じるようになりました。
しかし、韓国の刑法上、入札妨害罪においては、公取委の告発がなくとも検察が独自で捜査及び起訴が可能であるため、今後、検察は入札談合については、より積極的に捜査及び起訴を進めていくと予想されます。
一方、価格カルテル又は物量カルテルについては公正取引法以外の刑罰規定がないため、原則的に公取委の告発がなければ起訴ができませんが、検察総長の告発要請権の行使をもって、公取委をして義務的に告発させることで、検察が捜査及び起訴を行う可能性が高まると予想されます。
こうした積極的な捜査の一環として、検察は、2020年12月10日付けで「カルテル事件の刑罰減免及び捜査手続に関する指針」を制定し、公取委段階での自主申告減免とは別で、検察への自主申告を通じた刑罰の減免(1番目は不起訴、2番目は50%減軽された求刑)基準を設けました。
これにより、検察は、公取委とは別で入札談合などのハードコア・カルテルに関する捜査の手がかりを、より積極的に確保できるようになりました。
他方、韓国検察は、2020年11月18日、米DOJとの間で、国際カルテルなど国境を超えた重大な不公正取引事犯への刑事執行共助を強化する業務協約(MOU)を締結し、国際カルテルなどに対する刑事執行過程において両機関の協力を大幅に強化しました。
今回の改正法では専属告発権の廃止条項は削除されたものの、韓国検察は国内企業間におけるカルテルは勿論、海外企業が関与する国際カルテルについても積極的、先制的に捜査を進めるなど、カルテル捜査について検察が主導権を確保するために努力を続けるものと予想されます。
ウ. 懲罰的損害賠償制度及び集団訴訟制度の施行に伴う損害賠償リスクの増加
今回の改正法とは別で、2018年に改正された公正取引法では、2019年3月19日から発生するカルテル行為に対して損害の3倍まで賠償責任を負わせる懲罰的損害賠償制度を取り入れました。これにより、カルテル被害者らが懲罰的損害賠償訴訟を申し立てる可能性が高まったことを受け、それを認める法院の判決が増えると予想されます。
一方、法務部において立法推進中の集団訴訟法制定案(現在、法制処の審査中)には、従来、証券関連分野において限定的に導入、施行されていた集団訴訟制度を50人以上の損害賠償請求訴訟に全面的、一般的に許容する内容が含まれています。また法務部は、商人が商行為において故意又は重過失により他人に損害を加えた場合に、損害賠償請求時に損害の5倍まで賠償させる内容の懲罰的損害賠償制度を取り入れる商法改正も推進中です。上記改正法は公正取引法上の懲罰的損害賠償制度に優先して適用される予定です。
ハードコア・カルテル事件においては多数の被害者が発生する可能性があるところ、上記の集団訴訟法制定案や商法改正案が国会で成立する場合、多数の消費者が集団訴訟を申し立てることで実際の損害を上回る懲罰的損害賠償判決が下される可能性がある点に留意する必要があります。
3. 法違反時の課徴金引き上げ及び一部の法違反類型の刑罰条項削除
公正取引法によれば、関連売上高(違反期間中に販売した関連商品の売上高)に一定の割合(賦課基準率)を乗じる方式で課徴金を算定することになります。ところが、現行の公正取引法上の課徴金賦課水準に対して、法違反による利益還収及び法違反抑止などの効果を出すには足りない水準であるとの指摘が引き続き提起されてきました。
そこで、改正法では行為類型別の賦課基準率及び定額課徴金(関連売上高の算定不可時)の上限を一律2倍に引き上げました。代表的な行為態様への課徴金賦課基準率の改正内容は、下記のとおりです。
項目
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現行法
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改正法
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賦課基準率
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定額課徴金
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賦課基準率
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定額課徴金
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市場支配的地位
濫用行為
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3%
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10億ウォン
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6%
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20億ウォン
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カルテル
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10%
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20億ウォン
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20%
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40億ウォン
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不公正取引行為
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2%
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5億ウォン
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4%
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10億ウォン
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一方、刑罰を科する必要性が低く、これまで刑罰賦課事例がほぼなかった競争制限的企業結合、不当取引拒絶行為、不当差別取扱い行為、競争事業者排除行為、拘束条件付取引行為、再販売価格維持行為などについては刑罰規定を削除しました。これらの法違反行為に対して刑事罰のリスクはなくなりましたが、上記のとおり公取委の賦課課徴金が引き上げられるなど、行政罰はより強化されると見込まれます。
4. 私人による差止請求制度の新設
改正法は、米国、日本などの制度を参考に、不公正取引行為(日本の独占禁止法の不公正な取引方法に類する)の被害者が法院に当該行為の差止又は予防を請求することのできる私人の差止請求制度を取り入れました(日本の独占禁止法の差止請求制度にほぼ等しい)。すなわち、韓国公取委による法違反の判断及び是正措置などが存在しない状態において、公正取引法上の不公正取引行為に該当し、それによって被害を受けたり被害に遭うおそれがあるという主張及び立証だけで、当該行為の差止又は予防措置の判決を受けることができます。
したがって、代理店や取引相手方は、不公正取引行為によって被害に遭うおそれがあると考えられる場合に公取委への申告などとともに上記制度を新たな紛争提起手段として活発に使用すると見込まれます。これにより会社の重要な意思決定やビジネスモデルに直接の影響を及ぼす法院の判決が公取委の調査及び判断よりも先駆けて行われる可能性が高まる可能性があり、企業としては、公正取引法上の不公正取引行為に関するコンプライアンスを一層強化する必要があります。
5. 損害賠償訴訟における資料提出命令制の導入
改正法は、カルテル・不公正取引行為に対する損害賠償訴訟において、原告が、損害の発生及び範囲の立証に必要な一切の資料提出を命ずる法院の命令を申立てることができる資料提出命令制度を取り入れました。この場合、命令を受けた相手方は、当該資料が営業秘密であるとしても、損害の証明又は損害額の算定に必ず必要であるときは資料提出を拒否できないようにし、企業が提出命令に応じないときは、資料の記載に基づき証明しようとする事実を真実とみなすことができるようにし、既存の文書提出命令よりも実効的な証拠確保手段になるようにしました。
現状でもカルテルの被害者らが損害賠償訴訟を頻繁に提起しているところ、改正法が施行されれば、被害者らの損害発生及び範囲に対する立証資料の確保がより一層容易になると予想されます。
6. 企業結合申告基準の変更
現行の公正取引法上の企業結合申告義務は、当事者の規模基準(当事者一方の資産総額又は売上高3,000億ウォン以上、他方の資産総額又は売上高300億ウォン以上)に基づいてのみ判断されるため、当事者の規模が小さい場合には買収金額がいくら大きくても企業結合申告義務はありませんでした。
今回の改正法は、被取得会社の規模が現行の申告基準(資産総額又は売上高300億ウォン)に達していない場合であっても、(i)買収金額が一定水準(今後施行令で定まる予定)以上で、(ii)被取得会社が韓国内市場で相当な水準で活動している場合であれば企業結合申告義務を付与しています。基準の詳細は追って施行令により具体化されますが、現行よりも企業結合申告の対象が増えることと予想されます。
7. 被調査会社及び被審人の手続的権利、防御権保障案の拡大
改正法では、現在公取委告示にのみ規定されている弁護人の参加権を法律に引き上げて規定し、事業者等が調査及び審議手続で弁護人を参加させたり、意見を陳述させることができる権利を法律上の権利と認めました。これによって、公取委の現場調査に弁護人の積極的な参加を求めることができると予想されます。
一方、最近、公取委は、現行法上認められる公取委が保管している証拠資料への閲覧・複写権について、その方法及び手続を詳細に定める「資料の閲覧・複写業務指針」を制定し、施行中です(2020年12月3日から施行)。上記指針では、①「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」に基づく営業秘密資料、②自主申告資料、③他の法律で非開示としている資料を除いた資料は、原則として完全開示とし、資料閲覧室(Data Room)制度(資料閲覧者を被審人ではない外部弁護士に限定し、資料確認結果は資料閲覧室内で閲覧報告書として作成して所持可能、この報告書のみ外部へ持ち出すことができる)を取り入れ、資料を閲覧した弁護士に対して秘密保持義務を課し、これに違反した場合には大韓弁護士協会に懲戒を要求したり、公取委所属公務員との接触を5年間禁止するなどの制裁を加えることができるようにするなど、被審人の防御権を保障するとともに資料提出者の営業秘密も保護することができるよう、詳細な手続を設けています。
8. おわりに
改正法の内容上、韓国における公正取引法の執行が現状よりも一層強化されることが見込まれ、これを活用した民事上の紛争の増加が予想されます。したがって、改正法の施行前まで約1年の期間においては、韓国ビジネスに関するリスクを診断し、コンプライアンスをより徹底することが必要と思われます。これに関してBKLがお役に立てることがありましたら、ご遠慮なくお申し付けください。