自己の商品と他人の商品を識別するために使用する標章(韓国商標法第2条第1項第1号)を意味する「商標(ブランド)」は、企業の名声や信用を代表する知的財産権であり、企業の経済活動において商標権の確保や保護の重要性は日増しに高まっています。
韓国の現行の商標法第34条第1項第7号によれば、先登録商標と同一・類似の商標は商標登録を受けることができません。そのため、実際の商標の使用においては地理的な差が存在し、販売商品が異なるので実際は商標の誤認・混同のおそれがないにも拘わらず、先登録(先出願)商標と同一・類似の商標であるという理由だけで後願商標の登録が拒絶されることが多く、後願商標の登録を受けるために先登録商標の登録無効を求めるなどの関連紛争も多数発生しています。
こうした状況により、不必要な経済的損失が生じるほか、商標権の行使が過度に制約されるというおそれが提起されており、実務的には当事者の合意の下で同一・類似の商標を共存させる場合でも、商標登録を受けるためには商標の移転、譲渡などの方式をとらざるを得ないという不便がありました。
これを受け、間もなく施行を控えている日本の改正商標法と同様、韓国においても商標をめぐり発生し得る不便をあらかじめ防止し、さらには商標間の調和をなした共存を目指す「商標共存同意制度」を導入するという旨の商標法改正が行われました(以下「韓国改正商標法」)[1] 。
I. 韓国の改正商標法の主な内容と示唆する点
先登録商標権者及び先出願人の同意を前提として後出願商標の商標登録を許容する「商標共存同意制度」を主要な骨子とする韓国の「商標法一部改正案」が国会の本会議で成立し、2023年10月31日に公布されました。韓国の改正商標法は、公布から6ヶ月の猶予期間を置いて来年5月1日から施行されます。以下では、商標共存同意制度に関する韓国商標法の改正案について調べてみます。
1. 商標共存同意制度の導入に関する韓国商標法の改正案
韓国の改正商標法上の商標共存同意制度の中核は、先登録商標権者及び先出願人が同意すれば、先登録(先出願)商標と同一・類似の後出願商標(同じ商標であって、その指定商品と同じ商品に使用する商標は除く)も登録を受けて使用できるよう規定していることです(韓国の改正商標法第34条第1項第7号但書き及び第35条第6項)。ただし、商標共存同意によって登録された商標が不正競争の目的で使用され、需要者の誤認・混同を生じさせた場合については商標登録取消審判の請求事由と規定して、取消審判の除斥期間を3年としました(韓国の改正商標法第119条第3項第5条の2号及び第122条第2項)。また、取消審判によって登録が取消となった商標と同一・類似の商標は、審決確定日から3年間再出願することができません(韓国の改正商標法第34条第3項)。
2. 日本の改正商標法との比較
日本の経済産業省は、2023年3月10日、商標共存同意制度(コンセント制度)に関する商標法改正案を日本第211回通常国会に提出し、これは2023年6月7日に参議院本会議で可決され、その施行を控えています。日本の改正商標法[2] と韓国の改正商標法とを比較すれば、次のとおりです。
韓国の改正商標法で導入しようとしている商標共存同意制度は、先登録商標権者の承諾があることを要件とし(日本の改正商標法第4条第1項第11号及び第4項)、一方の商標権者が不正競争の目的で商標の出所混同を生じさせた場合には商標登録取消審判の請求が可能になるよう規定している(日本の改正商標法第52条の2)日本の改正商標法と、その内容において大差はありません。ただし、①日本の改正商標法は、先登録商標権者の承諾に加えて当該商標を使用する商品などが他人の商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の商品などと混同を生ずるおそれがあるかどうかを商標登録の明示的な要件としていること、②韓国の改正商標法は、日本の改正商標法とは異なり、共存同意によって商標が登録されることによって発生し得る需要者の出所の混同に備えた混同防止表示請求などの混同防止策を別途設けていないことにおいて差があります。
3. 示唆する点
韓国においても日本と同様に商標共存同意制度が導入されることにより、企業にとっては、より安定した商標の確保及び使用が保障されることと予想されます。ただし、商標法の改正により導入される韓国の商標共存同意制度は、日本をはじめとする米国、シンガポール、台湾などの当該制度を施行している多くの国と同様に「留保型共存同意」であるため、商標権者の同意があったとしても、①先登録(先出願)商標と後出願商標の商標指定商品がいずれも同一である場合、並びに②その他の登録拒絶事由が存在する場合に該当すると判断されれば商標登録を受けることができないこと、③共存同意により登録された商標であるとしても不正に使用され出所の誤認・混同のおそれが存在する場合取消される可能性があることを念頭におく必要があります。さらに、日本の改正商標法とは異なり、韓国の改正商標法は、①商標共存同意の対象商標に対して「同一・類似の商標であって、その指定商品と同一・類似の商品に使用する商標」と記載しているだけで、同一・類似商品の使用主体の範囲をめぐって議論の余地があること、②共存同意商標の登録によって発生し得る需要者の出所混同を防ぐための制度が未だ設けられていないことなどにも留意する必要があります。
II. 今後の見通し
韓国においても商標共存同意制度が施行されることにより、企業が使用したい商標が単に後出願という事由だけで登録が拒絶された場合には、先登録商標権者との合意をもってより容易に拒絶理由を克服することができると予想されます。また、このような商標の共存が、法律上の強制や規制によるのではなく、相互間の自律的な合意によって成されることになるため、企業による商標の使用がより柔軟になり得る、ということに意義があります。
もっとも、上記のような法律改正もさることながら、実務的に商標共存同意制度の定着に成功して、活性化していくためには、①誤認・混同のおそれを判断するための具体的な要素や詳細な基準に関する実務ガイドラインの整備、②商標登録後の混同防止のための公示システムなどの措置づくり、③不当な商標共存同意の防止策の整備などの課題がなお存在するところ、このような課題を速やかに解決するとともに、企業もこれに対する対応策を講じていく必要があるとされます。
- 韓国の改正商標法には、商標共存同意制度以外にも①使用による識別力の認定対象の拡大、②商標登録要件の判断時期の明確化、③商標登録料の返還事由の拡大、④商標権の消滅事由の明確化、⑤国際商標の登録出願及び国際登録基礎商標の分割許容など、約10の事項に関する新しい規定が盛り込まれています。
- 日本の商標法改正案の原文はhttps://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=334AC0000000127_20240613_505AC0000000051を参照。