2023年4月26日、昌原地方法院馬山支院は製鋼メーカーの放熱板補修作業中に下請業者の勤労者が死亡した事件で、親事業者の代表理事の重大災害処罰法違反罪などを認め、懲役1年の実刑を言い渡し(昌原地方法院馬山支院2023・4・26言渡2022ゴ合95判決、以下「本事件判決」)、拘束令状を発付しました。
本事件判決は、重大災害処罰法違反の第2号判決であるとともに、初の実刑言渡し及び法廷拘束のケースであり、産業安全保健法の違反罪及び業務上過失致死罪との罪数関係及び量刑の判断において重要な法理が含まれているため、注目する必要があります。
1. 判決の主要内容
ア. 重大災害の概要
下請業者B社所属の被害者は2022年3月16日、製鋼メーカーA社の屋外作業場で重さ1,220kgにのぼる鉄製放熱板を補修するためにクレーンを操縦して持ち上げる作業をしていた中、損傷した繊維ベルトをシャックルなく表面の鋭いループに直に連結したところ、作業過程中に繊維ベルトの破断や放熱板の落下により、被害者の左足が放熱板と床との間に狭まり、多量の出血とショックで死亡しました。
イ. 公訴事実の要旨
検察は、親事業者A社の経営責任者である代表理事が、①安全保健管理責任者などの業務遂行評価基準(同施行令第4条第5号)及び発注・役務・委託における産業災害予防措置能力などに関する評価基準(同施行令第4条第9号)を設けていないなど、重大災害処罰法上の「安全保健確保義務」に違反して災害者が死亡したとし、重大災害処罰法の違反罪(産業災害致死)で起訴しました。
さらに、②事業場の安全保健総括責任者の地位も兼ねているA社の代表理事に対し、被害者が属したB社の重量物引揚げ作業の作業計画書が作成されていないことに対し、「発注者の安全保健措置義務」の違反による死亡事故の発生と捉えて産業安全保健法の違反罪を適用し、③これらの不備点を業務上の注意義務違反事項にも取り込んで業務上過失致死罪も起訴対象に含ませました。
(安全保健管理責任者の地位にあるB社事業主は、産業安全保健法違反及び業務上過失致死で一緒に起訴されました)
ウ. 法院の判断
本事件で、A社代表理事などの被告人らは、公訴事実をいずれも認めて自供し、法院は従来の第1号判決(議政府地方法院高陽支院2022ゴ単3254判決、双方が控訴を提起しないことにより確定)と同じ基調の下、A社経営責任者の重大災害処罰法上の安全保健確保義務違反により、現場で産業安全保健法上の具体的な安全保健措置義務を履行せず、被害者が死亡に至たったという公訴事実を有罪と判断しました。
また、法院は親事業者A社の経営責任者が下請業者B社の安全保健管理責任者の業務遂行を評価する必要があるものの、それを履行しなかったことが重大災害処罰法上付与された義務の違反(同施行令第4条第5号)になり、これにより下請業者の安全保健管理責任者が安全措置をきちんと講じなかったという趣旨で義務違反と被害者の死亡との因果関係を認めました。
そして、法院はA社代表理事に実刑を言い渡し、各犯罪との「罪数関係」と「量刑判断」に対して有意義な判示をしました。
[罪数の判断]法院は、重大災害処罰法違反罪-産業安全保健法違反罪-業務上過失致死罪相互間の関係について、「いずれも勤労者の生命を保護法益とする犯罪であり、それぞれの注意義務の内容に格差はあるも、互いに密接な関わりが認められ、規範的に等しく、単一な行為と評価される」と判示し、「想像的競合」関係と判断しました。
これは、重大災害処罰法違反罪と異なる両罪を実体的競合関係で起訴した検事の主張を排斥したものであるとともに、第1号判決と同じ法理を採用したものです。
[量刑の判断]法院は、まず「重大災害処罰法の立法目的と制定経緯」を考慮するという前提のもと、A社の代表理事に多数の同種前科*があることを根拠として掲げ、A社は従事者安全権の確保に構造的問題があると判断しました。
* 2010年と2020年、2021年に産業安全保健法上の安全措置義務違反により3回の罰金刑に処され、
2021年5月24日、同じ事業場の1人の死亡事故に対して2023年2月頃に罰金刑が確定
さらに、法院は被告人側の「安全保健管理体系の構築のために自分なりに頑張ったが、重大災害処罰法が施行(2022年1月27日)してまもなく事故が発生(2022年3月16日)し、準備期間が足りなかったことを情状酌量してもらいたい」という弁訴に対し、「同法が制定された日から施行日まで1年の猶予期間があり、A社は施行猶予期間中にも死亡事故が発生したこともあり、他の事業場に比べて安全保健管理体系の構築や履行の必要性がより切実だった」と判示し、被告人側の主張を排斥しました。
これにより、被害者にも事故発生にある程度の過失があり、遺族らが円満に合意して善処を嘆願するなど、有利な量刑要素があることを認めたにも拘わらず、親事業者A社の代表理事に懲役1年の実刑を言い渡し(法廷拘束)ました。
2. 判決の分析及び示唆点
ア. 本案判断について
本事件判決も、第1号判決のケースのように、被告人らがすべての公訴事実を認めて争わなかったケースに関するものであり、経営責任者の安全保健確保義務履行の程度、義務違反及び重大災害結果間の複数段階の因果関係の成立有無など、重大災害処罰法の解釈をめぐって議論が多い争点については判決理由で正面から取り扱っていません。
すなわち、検察は経営責任者の安全保健確保義務違反の点を掲げ、これらの全般的な安全保健確保義務の不履行と重大災害の発生との間に因果関係が認められるという包括的な論理で起訴した一方、被告人らがこれに関して法理的に争わずに犯行を認めたことで、公訴事実がそのまま有罪として言い渡される傾向はそのまま維持されました。
しかしながら、A社の代表理事の重大災害処罰法違反の判示部分において、親事業者の経営責任者が重大災害処罰法施行令第4条第5号上の業務遂行評価基準に従って下請業者の安全保健管理責任者に対してまで業務遂行を評価しなければならないかのように説示しましたが、経営責任者の義務を他法人の所属員に対する評価まで拡大することは、同法の規定を超えるものとされる余地があり、今後において司法機関の後続判断を見守る必要があります。
イ. 量刑の判断について
本事件の判決文によれば、法院がそもそも単独管轄である重大災害処罰法違反罪ケースを裁定合議によって合議部が判断して最初に実刑を言い渡した事件であるだけに、量刑の判断に心血を注いだものとみられます。
すなわち、各罪の関係を被告人にとってより有利な想像的競合と認めて有利な量刑要素を最大限考慮したにも拘わらず、重大災害処罰法の制定趣旨が「経営責任者の安全保健確保義務の履行による従事者の生命と身体の保護」であることを強調しながら、従来A社の代表理事が事業場の安全保健総括責任者の地位で負担した産業安全保健法違反の前歴及び重大災害処罰法の施行猶予期間中に発生した死亡事故ケースを実刑言渡しの当為性として提示しました。
これは、事故の発生に関わらず労働部の日常的な現場監督などによって発見された産業安全保健法違反の取り締まり事項に対して工場長や現場所長など事業場の安全保健総括責任者の地位にある者に課される罰金刑を、実際の事故が発生した場合に量刑判断において著しく不利な要素として適用したものといえます。今後も、法院は普段から事業及び事業場の安全保健管理体系を構築してきちんと管理できなかった場合は、重大災害が発生した時に経営責任者を厳しく処罰することが重大災害処罰法の趣旨に合致するものと判決することが予想されます。
本事件判決を機に重大災害処罰法が適用される事業場では、本社の安全保健管理体系の構築及び履行程度を見直し、実質的且つ細密に安全保健確保義務の履行が行われるよう一層徹底して管理することもさることながら、下請業者の作業をはじめ、事業場全般に対する産業安全保健法などによる安全保健措置の遵守有無の点検及び改善を通じ、法人の産業安全保健法違反などの同種前歴の負担も最小限にとどめる方策を講ずる必要があります。
さらに、特定の者が法人の経営責任者と事業場の安全保健総括責任者の地位を重畳的に負う場合、本事件判決ケースのように、事故が発生した場合に重大災害処罰法違反/産業安全保健法違反/業務上過失致死罪のすべてに対する刑事責任を単独で負うことになり、犯罪が成立した場合に著しく重い刑が言い渡されることが避けられないことを考慮し、会社の安全保健組職体系の見直しを考慮してみる必要もあります。
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法務法人(有限)太平洋は、業界初で産業安全TFTを運営し、様々な業務経験とノウハウを蓄積してきており、産業安全事故への対応及びComplianceアドバイス分野において優れた専門性と豊かな実務経験を有しています。法務法人(有限)太平洋は、重大災害処罰法の施行後、従来の産業安全TFTを重大災害予防・対応TFTへ拡大・再編し、重大災害処罰法令の内容分析及び事業場への影響、Complianceシステムの構築点検及び今後の対応策、重大災害事件が発生した時の捜査対応などに対する総合アドバイスを提供していますので、お問い合わせがあれば遠慮なくお申し付けください。