2022年9月16日、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の初の公正取引委員長としてソウル大学校法学専門大学院のハン・ギジョン教授が任命された。尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の発足から約4ヶ月で初の公正取引委員長が任命されたことによって、これから尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の基調に沿った競争法の執行が本格的に行われる見通しである。
ハン委員長は、1986年ソウル大学校公法学科を卒業し、1990年ソウル大学校行政大学院で行政学修士号を取った後にサムスン生命社で勤めていたが、1996年英ケンブリッジ大学法科大学院で法学博士号を取得した。2008年からこれまでソウル大学校法科大学及び法学専門大学院の教授として在職しており、保険研究員院長とソウル大学校金融法センター長、ソウル大学校法学専門大学院長、法務部監察委員会委員長などを歴任した。
ハン委員長の主たる研究領域は、保険法、金融法、商法である。ハン委員長は、競争法において購入カルテル、金融・通信・保険に係る公正競争及び不公正取引、消費者問題に関する研究実績があるが、競争法分野を主たる研究テーマとする専門家ではないと評価されている。人事聴聞会で競争法分野の専門性に欠けると指摘されたことに対し、ハン委員長は就任後に公正取引委員会の内部・外部専門家の意見を積極的に収集するという見解を示している。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の初の公正取引委員長になったハン委員長は、新政権の国政基調を充実に履行していくことが見込まれる。公正取引の執行に関して尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は2022年5月、次の事項を国政課題として明らかにしている。
ハン委員長が人事聴聞会で示した公正取引委員会の運営方向も、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が発表した国政課題と軌を一にするものと解釈されている。ハン委員長が就任すれば、今後公正取引委員会は「デジタル・プラットフォーム分野の自律規制」、「法執行手続の改善」、「大企業集団の規制整備」の作業にひとまず集中することが予想される。
I. デジタル・プラットフォーム分野における自律規制
前政権のもとで公正取引委員会はGoogle、Apple、ネイバー(韓国トップの検索ポータル)の市場支配的地位濫用行為、不公正取引行為について積極的な調査を行い、是正措置と課徴金を課したことがあり、オンライン・プラットフォーム仲介取引の公正化に関する法律(「オンラインプラットフォーム法」)を発議した。しかし、ハン委員長はデジタル・プラットフォームへの政府の過度な介入は、市場の躍動性を阻害しかねないため、事業者とテナント、消費者の間に自律的に紛争を解決できるシステムを構築する「自律規制」が求められ、「自律規制」がきちんと働かない場合、そのときにオンライン・プラットフォーム法など立法作業を考慮するという見解を数回強調している。これにより、プラットフォーム市場に対する公正取引委員会の調査や立法化作業は全般的に弱まることが予想される。
ただ、ハン委員長は「大手プラットフォームによる競合他社の排除、競争制限的M&Aは、自律規制だけでは解決できず、積極に公正取引法を執行していく」という見方を示したところ、デジタル・プラットフォーム市場での当事者間の紛争とは異なり、デジタル・プラットフォーム市場の独占・寡占などの構造的な問題に対しては、公正取引委員会が積極的に調査して制裁を加えることが予想される。特に、Google、Appleのアプリ内課金の強制のように、グローバル・プラットフォーム企業の反独占行為の問題に対しては、全世界の競争当局と積極的に共助するという見方なので、グローバル・プラットフォーム大手に対する公正取引委員会の調査が一層強化されて速やかに行われることが予想される。
II. 法執行手続の改善
ハン委員長は、人事聴聞会で「公正取引委員会が準司法機関としての信頼を確保できるよう透明且つ客観的な事件処理の手続や基準を設けていく」と強調した。これにより、韓国公正取引委員会の事件処理手続がグローバル・スタンダードに合わせて海外競争当局の事件処理手続をベンチマークする作業が行われ、被調査者の知る権利や防御権を保障する方向で事件処理手続規定が改正される見通しである。
- (最初の調査段階)具体的な調査対象や範囲をより明確に告知する
- (調査進行段階)調査中における「異議申立手続」を新設し、委員会による審議の前段階から公式的な「意見提出の機会」を拡大する
- (審議・議決段階)重要事件については審議を数回実施し、未告発事由を議決書に明示する
一方、現行の公正取引法は、多くの公正取引法の違反行為に対して刑事処罰規定を設けているが、関係部処合同の「経済刑罰改善TF」を通じて過度であったり不必要な刑事処罰規定を廃止し、カルテルなど重大な公正取引法の違反行為に対しては厳しい刑事的制裁を加えることができるよう改善していくと明らかにした。
III. 大企業集団への規制の整備
公正取引委員会は、資産総額5兆ウォン、10兆ウォン以上の韓国大企業集団(財閥)を公示対象企業集団、相互出資制限企業集団に指定し、その企業集団に各種公示義務、系列会社間の相互出資、債務保証禁止など各種規制を加えている。
この点、ハン委員長は大企業集団への過度な規制を改善し(例えば、大企業集団の系列会社の範囲を縮小する方向で法を改正するなど)、公取委の企業集団局の組職と機能を縮小していく一方、大企業の自律的なビジネス活動を積極的にサポートすると明らかにした。これによって韓国の大企業集団への規制が全般的に緩和されることが予想される。一方、韓国の大企業への規制を緩和するだけに、公正取引委員会の力量をグローバル大手企業に対する反独占行為の調査に一層集中することが予想される。
総合すれば、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権下で公正取引委員会は全般的に市場の自律規制を優先し、カルテルやグローバル・プラットフォーム大手の市場支配的地位濫用行為や反競争的なM&Aに対しては積極に調査・制裁することが予想される。従って、韓国市場で事業を営むグローバル大手企業は、(1)公正取引委員会の規制緩和、手続改善に関する意見収集手続に積極に参加して意見を述べ、(2)カルテル、市場支配的地位濫用行為に関する積極的な法執行に備え、韓国市場に係るコンプライアンスシステムを事前に構築しておく必要がある。
最後に、自律規制を強調する公正取引委員会の立場とは異なり、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権下で検察の競争当局としての役割や地位が次第に強化されていることに注目する必要がある。これに対応し、企業などは今後において競争法の刑事的執行体系に対する政策的、立法的変化を引き続きモニタリングし、競争法事件(特に、カルテル)に関して公正取引委員会の調査にとどまらず、検察の捜査に対応するための準備を整えることが求められる。